西バルカン

西バルカン地域全体に関連するニュース

アルバニア首都で数千人規模のデモ-欧米主導のコソヴォ戦犯法廷による旧コソヴォ解放軍指導者の裁判に抗議

10月17日、アルバニアの首都ティラナ(Tirana)中心部のスカンデルベウ広場(Skenderbeu Square)で、ハーグ(The Hague)のコソヴォ特別法廷(Kosovo Specialist Chambers)で進むコソヴォ解放軍(Ushtria Çlirimtare e Kosovës:UÇK、英語での略称はKLA)の旧指導者らの裁判に抗議する数千人規模のデモが行われた。コソヴォや北マケドニア、セルビア南部などバルカン各地から集まったアルバニア人の参加者らは、「解放者たちに正義を」などのスローガンを掲げ、被告らの即時釈放を要求した。

このデモはUÇK退役軍人協会が主催した。同協会のヒュスニ・グツァティ(Hysni Gucati)会長は演説で、特別法廷は「犠牲者と加害者を同一視」しようとしていると非難し、「我々はUÇKの聖なる戦いを守るためにここにいる。セルビアの戦争犯罪は全世界が見ている」と訴えた。デモにはアルバニアのアルフレッド・モイシウ(Alfred Moisiu)元大統領も参加し、「UÇKの兵士は犯罪を犯したのではなく、コソヴォの解放と国民の保護という歴史上最も崇高な義務を果たした」と述べ、被告らは証拠なく拘束されていると主張した。また、北マケドニアのアルバニア人最大政党である民主統合連合(DUI)のアフメティ(Ali Ahmeti)党首は、特別法廷の設置は「ロシアとセルビアによる虚偽の(臓器売買)報告書」に端を発していると非難し、アルバニア人の団結を呼びかけた。

出典:Euronews Albania

特別法廷では、コソヴォの元大統領ハシム・サチ(Hashim Thaçi)氏、カドリ・ヴェセリ(Kadri Veseli)元議会議長、ヤクプ・クラスニチ(Jakup Krasniqi)元議会議長、レジェプ・セリミ(Rexhep Selimi)元議員が、1998年から1999年のコソヴォ紛争中における戦争犯罪と人道に対する罪(約100人の殺害などを含む)で起訴されている。被告らは2020年11月から拘束されており、全員が無罪を主張している。今年9月からは弁護側の証人尋問が開始され、アルバニア人社会の関心が一層高まっている。

特に、紛争当時に欧州安全保障協力機構(OSCE)コソヴォ検証団の団長を務めたウィリアム・ウォーカー(William Walker)元米外交官など、当時の国際社会の当事者らが被告側証人として相次いで出廷し、KLAの戦いの正当性や、指導部による組織的犯罪を裏付ける情報を認識していなかった旨の証言を行っていることが注目されている。

出典:Kosovo Specialist Chambers

このコソヴォ特別法廷(正式名称:コソヴォ特別法廷・特別検察室 / Kosovo Specialist Chambers and Specialist Prosecutor’s Office)は、欧州評議会(Council of Europe)のマーティ(Dick Marty)特別報告者が2011年に提出した報告書が発端となって設立された。同報告書は、サチ氏らUÇK指導部が紛争中および紛争直後に、セルビア人捕虜らに対する殺害や非人道的扱い、さらには「臓器売買」に関与したとする深刻な疑惑を指摘した。この報告を受け、EUや米国など国際社会からの強い圧力の下、コソヴォ議会は2015年に憲法改正と特別法廷設置法案を可決した。法廷はコソヴォの国内法に基づく司法機関と位置づけられているが、過去のKLA関連裁判で深刻な問題となった証人脅迫などを防ぐため、全ての司法手続きは国際的な裁判官と検察官によってオランダのハーグで行われるという特殊な形態をとっており、またその運営費用は主にEUが拠出している。

裁判官は主にEU加盟国出身の判事が務める一方、対象となる戦争犯罪の捜査と訴追を主導する特別検察官は米国出身者が務めており、2018年から2022年まで特別検察官を務めサチ被告らの訴追を行ったスミス(Jack Smith)氏は、コソヴォ特別法廷退任後に、米国連邦特別検察官として、2021年の米国議会襲撃事件とトランプ大統領の政府機密取り扱いを巡る事件の捜査・訴追を担当した。

多くのアルバニア人は、法廷がUÇK兵士のみを一方的に裁き、セルビア側の多くの戦争犯罪が罰せられていないとして、その公平性に強い疑問を抱いている。一方で、今回のデモを巡っては、アルバニアとコソヴォの政治指導者間の対立も浮き彫りとなった。アルバニアのエディ・ラマ(Edi Rama)首相は、デモへの支持をSNSで表明したものの、「政治利用されるリスク」を理由に直接の参加は見送った。これに対し、コソヴォのクルティ(Albin Kurti)暫定首相率いる政権与党「自己決定運動(Vetëvendosje, LVV)」は、ラマ首相が過去に特別法廷の設立を支持していたと批判した。ラマ首相は、自身は一貫してサチ氏の逮捕を非難してきたと反論し、LVVこそが政敵であったサチ氏(コソヴォ民主党、PDKの元党首)の失脚を望んでいたと応酬している。

(アイキャッチ画像はハーグのコソヴォ特別法廷建物、出典:Shutterstock)

関連記事一覧

  1. この記事へのコメントはありません。