
世論調査が示すセルビアの現状-「学生リスト」が与党を圧倒、深まる政権不信と社会の亀裂
7月17日、セルビア国内紙「ダナス(Danas)」は、スプリント・インサイト(Sprint Insight)社が実施した包括的な世論調査の結果を報じた。この調査は、海外在住セルビア人(ディアスポラ)によるクラウドファンディングの一環として「セルビアのより良い未来財団」が依頼したもので、ノヴィ・サド駅の天蓋崩落事故を契機に、セルビア社会が抱える深刻な政治不信、経済的苦境、そして社会の分断が多角的に浮かび上がる内容となっている。調査は6月23日から7月5日にかけて、国内の1,458人を対象に対面方式で実施された。
選挙シュミレーションが示すヴチッチ政権への審判
「もし即日議会選挙が実施された場合、どのような投票行動を取るか」との設問に対する回答では、政治の地殻変動とも言える結果が示された。「大学教員、労働者、農家、専門家らで構成され、学生が支持する候補者リスト」と定義された架空の「学生リスト」が54.8%と過半数を超える支持を獲得し、アレクサンダル・ヴチッチ(Aleksandar Vučić)大統領率いる与党連合の42.1%を大きく上回ることが判明した。さらに、既存の全ての野党勢力が一つの統一リストで出馬するという架空シナリオでは、統一野党リストが10.2%、「学生リスト」が45.9%、そしてヴチッチ大統領の与党連合は41.4%となり、ここでも「学生リスト」が最多支持を獲得する結果となった。
ヴチッチ政権に対する国民の評価は極めて厳しい。現政権を「全く支持しない」が42.3%、「おおむね支持しない」が12.8%に上り、合わせて55%を超える不支持率を記録した。「完全に支持する」(26.8%)、「おおむね支持する」(11.8%)の合計38.6%を大きく上回っている。国の方向性についても、53.5%が「間違った方向に進んでいる」と回答している。
ヴチッチ大統領個人への信頼については、「以前から信頼していなかったし、今はなおさら信頼していない」と答えた人が39.9%に上り、「信頼を失った」という12.0%を合わせると、半数以上が不信感を示した。「信頼は失われていない」は34.2%であり、国民の不信感が根深いことを示している。
学生らが5月5日に要求した早期議会選挙の実施については、「完全に支持する」が33.1%、「おおむね支持する」が18.2%と、過半数が支持。一方で「全く支持しない」は27.4%、「おおむね支持しない」は9.5%であった。
ノヴィ・サド駅の悲劇が浮き彫りにした社会の亀裂
ノヴィ・サド駅の天蓋崩落事故は、国民の政権への不信を決定的にした。この事故が「現政権が行う他の事業についても疑念を抱かせたか」との問いには、57%近くが「はい」と回答。政府の事故対応が責任あるものだったかについては、52.6%が「いいえ」と断じた。
この事故に端を発する学生の抗議行動に対しては、世論は割れている。「完全に支持する」が32.2%いる一方で、「全く支持しない」も27%強存在する。国内の機関・制度への信頼度においてトップの評価を得る教会については、この学生抗議に「干渉すべきでない」と考える国民が42.6%と最も多く、「もっと学生を支援すべきだ」と答えた22%強を上回った。
市民生活の現実と政治意識
国民の生活実感は厳しく、自らの経済状況を「非常に困難」と答えた人が11%以上、「なんとかやりくりしているが、安定には程遠い」が47.9%に達し、約6割が経済的な厳しさを感じている。国民が現在最も懸念している事柄としては、「食料・サービス価格の上昇」「崩壊した医療制度」「低い生活水準と貧困」「汚職と犯罪」が挙げられた。経済停滞の主な原因としては、30.7%が「汚職と非効率な公的資金管理」を指摘した。
政治に関する情報源は「テレビ」が46.6%で依然として圧倒的であり、「ソーシャルメディア」(27.9%)がそれに続く。政治体制については、46.9%が「民主主義はいかなる統治形態よりも優れている」と考える一方、「特定の状況下では強権的な指導者の方が良い」と考える層も24.3%存在し、「自分のような人間にとってはどの政権も同じ」と考える層も24.2%見られ、政治に対する複雑な意識がうかがえる。
既存政治家への不信と新しいリーダーへの渇望
こうした既存政治への不満を象徴するように、「学生リスト」から出馬する候補者として誰を望むか、という設問では、テニス選手のノヴァク・ジョコヴィッチ(Novak Đoković)がトップに立った。次いで、ベオグラード大学学長のヴラダン・ジョキッチ(Vladan Đokić)や元サッカー選手のネマニャ・ヴィディッチ(Nemanja Vidić)らの名前が挙がっており、国民が政治家以外の新しいリーダーを渇望している様子がうかがえる。
国民が最も信頼を寄せる機関としては、これまでの同種世論調査の結果と同様に教会が1位、軍が2位と上位を占めているが、その後には学生が3位、大学教員ら学術界が4位と続いており、これは明らかに学生主導の反政府抗議運動の影響が現れている。
揺れる外交方針とEU加盟への賛否
セルビアの外交方針に関する設問では、国民の複雑な心情が明らかになった。「ロシアと中国が率いる陣営」と「米国とEUが率いる陣営」のどちらに属したいかとの問いに対し、「東側(ロシア・中国)」を選んだのは16.7%だったのに対し、「非同盟だが東寄り」が28.5%と最多となった。「非同盟だが西寄り」は18.5%で、25.3%は「わからない」と回答した
長年の課題であるEU加盟については、もし翌日にEU加盟を問う国民投票が行われた場合、賛成票を投じるとの回答が41%、反対が40%と賛否が完全に拮抗し、18.2%が態度を決めかねている。この結果は、国民が信頼を寄せる機関として教会と軍が依然としてトップを占め、それに学生と大学教授が続くという現状とも相まって、セルビア社会が直面する岐路の困難さを示唆している。
(アイキャッチ画像出典:Shutterstock)
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