
セルビア大統領が訪中-周国家主席、プーチン大統領らと会談
9月2日から4日、セルビアのヴチッチ(Aleksandar Vučić)大統領は、中国の習近平(Xi Jinping)国家主席の招待を受け、北京を公式訪問した。
この訪問は、北京で開催された「中国人民抗日戦争および世界反ファシズム戦争勝利80周年記念」の軍事パレードへの出席を主な目的とするもので、滞在中には習主席やロシアのプーチン(Владимир Путин)大統領、スロヴァキアのフィツォ(Robert Fico)首相との首脳会談に加え、中国の主要企業十数社との会談も行われた。
今回の訪中は、EU加盟を目指す一方で、伝統的な友好国である中国・ロシアとの関係を一層深化させ、経済的実利と外交的自立性を確保しようとするセルビアの多角的な外交姿勢を改めて浮き彫りにした。
習近平国家主席との会談
訪中の最終日となった4日、ヴチッチ大統領は北京で習近平国家主席と会談し、両国関係を「鉄の友情」と再確認した。
セルビア大統領府プレスリリース、中国政府プレスリリース及びヴチッチ大統領のFacebook公式アカウントへの投稿によれば、ヴチッチ大統領は会談で、習主席の温かい歓迎と歓待、そして中国がセルビア国民と国家に継続的に提供してきた心からの友情と支援に感謝の意を表明した。大統領は、「我々は中国を誠実で信頼できるパートナーと見なしており、経済、医療、そして政治的に最も困難だった時期に、習主席は我々の側にいてくれた。セルビアはそれを決して忘れることはない」と語った。また、習主席のイニシアチブと自由貿易協定のおかげで両国の貿易額が過去最高に達したことに感謝し、中国企業による大規模な投資、特にスメデレヴォ製鉄所へのHBIS社の投資やセルビア東部への紫金鉱業集団(Zijin Mining Group)の進出がセルビア経済を支えていると強調した。さらに、中国のパートナーの協力で進められているインフラ整備事業の進捗、特にベオグラード・ブダペスト間国際鉄道が15日以内に開通することも報告し、今後の更なる投資を呼びかけた。
習主席は、両国が分かち合う「鉄の友情」に触れ、セルビアが国家の統一、利益、社会の安定を維持するための努力を支持すると表明した。習主席はまた、昨年発効した両国間の自由貿易協定、両国を結ぶ航空路線の直行便の増発、両国間の相互査証免除などについて触れたうえで、両国はこうした経済関係強化のためのレバレッジを最大限に活用し、AI、デジタル経済、次世代エネルギー等の分野における協力を促進する必要があると述べた。習主席は、第二次世界大戦でセルビア(旧ユーゴスラビア)の人々がファシズムとの戦いに対して英雄的な貢献をしたことに敬意を表し、旧ユーゴスラビア映画『橋』の歌「ベラ・チャオ」が中国でも非常に人気があると述べた。その上で、「世界は今、100年ぶりの激動と変化の時代にあるからこそ、両国の結束と協力、そして正しい歴史観を堅持することが一層重要になる」と語り、二国間関係をさらに向上させていく意欲を示した。
会談は非常に友好的な雰囲気で行われ、習主席はヴチッチ大統領に対し、今後6ヶ月以内に再び公式訪問するよう個人的に招待した。
プーチン大統領との会談
訪中初日の2日、ヴチッチ大統領は北京でプーチン大統領と会談した。会談の公式な部分は全てロシア語で行われた。
セルビア大統領府プレスリリース及びクレムリン発表によれば、ヴチッチ大統領はプーチン大統領に対し、セルビアの領土保全の維持に対する敬意と支持、そしてセルビア国民への友好関係に個人的な感謝を表明した。ヴチッチ大統領は、「ウクライナ危機が始まって以来、セルビアは非常に困難な状況にあり、大きな圧力にさらされているが、我々は原則的な立場と政策の独立性を守ってきた」と強調した。その上で、「セルビアは欧州で唯一、ロシア連邦に対していかなる制裁も科していない国であり、今後も軍事的中立性を守り続ける」と断言した。
また、エネルギー分野での協力がセルビアにとって死活的に重要であると述べ、現在のロシアからの天然ガス供給契約が9月末に期限切れとなるため、新たな契約の必要性を訴えた。ヴチッチ大統領は、ハンガリーへのパイプラインのおかげでエネルギー開発において重要な一歩を踏み出せるとし、全てのロシア企業によるセルビアへの投資、特にインフラ整備事業への参加を歓迎すると述べた。
プーチン大統領はヴチッチ大統領の発言に耳を傾け、「ロシアとセルビアの戦略的パートナーシップは互恵的であり、双方に良い結果をもたらしている」と応じた。そして、「我々は、ヴチッチ大統領の指導の下でセルビアが追求している独立した外交政策を認識し、尊重している」と述べ、セルビアの立場に理解を示した。
スロヴァキア首相との会談
北京滞在中、ヴチッチ大統領はスロヴァキアのフィツォ(Robert Fico)首相とも会談を行った。
ヴチッチ大統領のFacebook公式アカウントへの投稿及びスロヴァキア政府プレスリリースによれば、ヴチッチ大統領は会談を「温かく友好的」と表現し、セルビアとスロヴァキア両国民が兄弟国家であると強調した。両首脳は欧州の政治情勢、二国間協力、ボスニア情勢を含む地域情勢、及び両国の国内政治に対する外国からの干渉について議論した。特に、エネルギー、インフラ、貿易分野での協力強化について協議し、これが新たな投資と両国経済のより良い結びつきのための余地を開くとの認識で一致した。
フィツォ首相は、スロヴァキアがベオグラードで開催される「EXPO2027」に本格的に参加することを再確認し、これがフィツォ首相自身のベオグラード訪問の良い機会になるとした。ヴチッチ大統領は、今後の政治・経済協力の更なる拡大への自信を示した。
中国企業との会談
ヴチッチ大統領は訪中期間中、セルビアへの投資に関心を持つ、あるいは既に大規模な投資を行っている中国の主要企業11社の代表と精力的に会談した。大統領は「セルビアは新たな技術革命の列車に乗り遅れてはならない」と述べ、各分野のトップ企業との連携に強い意欲を示した。
ヴチッチ大統領のFacebook公式アカウントへの投稿及びセルビア国内報道によれば、会談した企業と主な協議内容は以下の通りとなっている。
- 上海豊嶺新能源 (Shanghai Fengling Renewables): グリーン移行におけるパートナーシップについて協議した。ヴチッチ大統領は「セルビアはグリーン移行のリーダーになることを望んでおり、このような企業とのパートナーシップは我々を一歩先に進ませてくれる」と述べた。
- 中国電子科技集団 (CETC): セキュリティエレクトロニクス、デジタル化、AI、公共安全、スマートインフラ分野での協力の可能性について協議した。特に電子政府やデジタル変革、イノベーションセンター開発のプロジェクトが重視された。
- 中国電力建設 (Power China): 再生可能エネルギー源とエネルギー網の近代化における新規プロジェクトの可能性を検討した。同社はクリーンで低炭素なエネルギー分野へのさらなる投資に強い関心を示した。
- 河鋼集団 (HBIS): スメデレヴォ製鉄所を運営し、数千人を雇用する同社は、セルビアにおける最大級の外国投資事例の一つである。これまでの協力関係に加え、生産能力をさらに強化し技術を向上させるための将来計画と新規投資について話し合われた。
- 三一重能 (SANY Renewable Energy): 風力発電所やその他のグリーンプロジェクト開発について協議した。同社の専門知識と資本が、セルビアの持続可能なエネルギー移行を加速させることが期待される。
- 中国能源建設 (China Energy): 水力および再生可能エネルギー源の分野における既存能力の近代化と新規開発について協議した。これによりセルビアのエネルギー安全保障とグリーン移行への貢献が期待される。
- 小鵬匯天 (XPeng AEROHT): 「空飛ぶ車」と革新的な輸送システムを開発する同社と、その技術導入の可能性について協議した。ヴチッチ大統領は、セルビアのエンジニアをこの未来の先進産業と結びつける可能性も検討したと述べた。
- 科大訊飛 (iFlytek): AIとデジタル化のリーディングカンパニーである同社と、教育および行政分野での協力について協議した。新技術開発における共同プロジェクトの模索で合意した。
- 中国路橋工程 (CRBC): 高速道路や鉄道プロジェクトで既にセルビアの交通網改善に大きく貢献している同社と、協力の継続について協議した。セルビアの物流能力をさらに強化する将来の投資に特に注意が払われた。
- 広東宏大 (Guangdong Hongda): 鉱業工学と防衛システムを専門とする同社が、セルビアでの事業と投資に大きな関心を示した。鉱業・エンジニアリングプロジェクトの開発、既存能力の近代化、技術移転に関する計画が提示された。
- 紫金鉱業集団 (Zijin Mining Group): 世界最大級の鉱業会社である同社と、セルビアにおける戦略的プロジェクトのさらなる発展について協議した。既存プロジェクトの促進と追加投資、特に環境保護に重点を置いて検討された。
訪中に関するEUの姿勢
EU加盟候補国であるセルビアの大統領が、中国の軍事パレードに出席し、ウクライナ侵攻を続けるロシアのプーチン大統領と会談したことに対し、ブリュッセルは強い懸念を示した。
欧州委員会の報道官はメディアからの照会に対し、「セルビアはEU加盟を申請し、交渉している。この決定は、同国が外交政策を含め、EUと協調することを意味する」と述べ、セルビアの戦略的方向性について明確化を求めたと報じられている。また欧州シンクタンクEWBからの照会に対しては、「プーチン政権下のロシアとの関係は『平常通り』ではあり得ない、と我々はセルビアを含むパートナーに極めて明確に伝えてきた」と強調し、さらに、「中国はロシアによるウクライナ侵略戦争の重要な実現者であり続けており、それがなければロシアは同程度に戦争を継続することはできないだろう」と指摘し、セルビアに対し欧州の価値観への信頼できるコミットメントを示すよう求めたとされている。
これに対しヴチッチ大統領は、セルビア国営放送のインタビューで、欧州委員会全体が7月に北京を訪問し中国とあらゆることについて交渉したと指摘し、自身の訪中がセルビアの欧州への道に影響を与えることはないと反論した。
今回の訪中の背景と理由
今回の訪中の背景には、セルビアが国是とする「4つの柱(EU、ロシア、中国、米国)」に基づくバランス外交を維持・強化する狙いがあると考えられる。セルビアにとって最大の外交目標であるEU加盟交渉は、ウクライナ情勢やコソヴォ問題を巡る立場の違いから停滞していることが否めない。このような状況下で、セルビアにとって中国とロシアは、単なる経済面及びエネルギー安全保障面でのパートナー以上の存在となっている。
特に、中露両国は国連安全保障理事会の常任理事国として、セルビアが承認していないコソヴォの独立に反対する立場を明確にしており、これはセルビアの領土一体性を守る上で極めて重要な政治的後ろ盾となっている。また、中国からの巨額のインフラ投資や直接投資はセルビアの経済成長と雇用創出を牽引しており、ヴチッチ政権にとって不可欠な成果となっている。
セルビア国内で2024年11月から続く大規模な反政府デモという政治的危機に直面する中で、大国との強力な関係をアピールすることは、ヴチッチ政権に対する国内からの支持を固める上でも重要な意味を持っている。
今後のセルビア外交への影響
ヴチッチ大統領の訪中は、セルビアのしたたかな外交戦略を象徴している。中国やロシアとの「鉄の友情」を世界に誇示することで、セルビアは西側諸国、特にEUに対し、「我々には、EUに代わるパートナーシップが存在する」というメッセージを示し、外交的なレバレッジを確保しようとしている。
しかし、この行動は諸刃の剣でもある。EU加盟という最大の戦略目標を達成するためには、EUが求める価値観や外交政策との協調が不可欠であり、中露への過度な接近は加盟プロセスをさらに停滞させ、セルビアの国際的信頼を損なうリスクを孕んでいる。そうした意味で、EUへの配慮を示すかのように、ヴチッチ大統領はこの訪中に先立つ8月25日に欧州メディアの独占インタビューに答え、「セルビアにとってEU加盟は現在でも最重要の戦略目標である」と改めて述べている。
また抗日戦争80周年のパレードへの出席に際し、日本への配慮も示すかのように、ヴチッチ大統領訪中の直前には、ジューリッチ外相がセルビア外相としては16年ぶりに訪日し、日本との二国間関係強化を図っている。
今後、セルビア政府は、中国からの経済的実利と、EU加盟という長期的目標との間で、より一層困難で精緻なバランスを取ることを迫られるだろう。しかし、ロシアのウクライナ侵攻、ガザでの紛争、トランプ政権の外交政策と米中対立の深刻化といった地政学的な変化が生じる中で、セルビアの掲げる「バランス外交」はより一層困難で微妙な舵取りを迫られるようになってきている。
ヴチッチ大統領は、中国との協力によってセルビアがやがて欧州最大の銅・金の生産国になると豪語するが、その経済的成功が、欧州統合という政治的目標とどう両立していくのか、その手腕がさらに厳しく問われることになる。
(アイキャッチ画像出典:Shutterstock)
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