
ボスニア・ヘルツェゴヴィナ裁判所、スルプスカ共和国大統領に対する有罪判決を確定 ― セルビアは「非民主的」と強く反発
8月1日、ボスニア・ヘルツェゴビナ(BiH)の国家控訴裁判所は、同国を構成する2つの政体(エンティティ)のうちの一つであるセルビア人主体の「スルプスカ共和国(Republika Srpska, RS)」のミロラド・ドディック(Milorad Dodik)大統領に対し、禁錮1年および6年間の大統領職就任禁止を命じた第一審判決を支持し、有罪を確定させた。これに対し、隣国セルビアは翌2日、国家安全保障会議を緊急招集し、判決を「非民主的で違法」として強く非難する声明を発表するなど、地域の緊張が急速に高まっている。
今回の判決は、ドディック大統領が2023年7月、BiHにおける平和履行を監督する国際社会の代表者であるクリスチャン・シュミット(Christian Schmidt)上級代表の決定を意図的に無視したことに起因している。シュミット上級代表は、RS議会が可決した、BiH憲法裁判所の判決の効力をRS内で停止させる法律などの施行を無効としたが、ドディック大統領はこれを無視し、RS議会が可決した法律をRS官報に公布する手続きを進めた。BiH裁判所のプレスリリースによれば、これがBiHの憲法秩序を損なう行為と見なされたとされている。
今回の判決確定を受け、ドディック大統領は挑戦的な姿勢を崩さず、RS大統領としての職務を継続する意向を表明している。RS大統領府のプレスリリースに掲載されたドディック大統領の発言によれば、同大統領は、自身の党である独立社会民主同盟(SNSD)の党首職は禁じられていないと主張し、BiH憲法裁判所に上訴する考えを示している。さらに、セルビア、ロシア、「新しい米国政権」に支持を求めると述べ、政治的対決を続ける構えを見せている。
RS議会は、今年2月、ドディック大統領への第一審判決で有罪判決が下されたことを受け、BiH裁判所の判決を無効を決定すると同時に、RS議会域内におけるBiH国家裁判所、国家検察、国家捜査保護庁(SIPA)の活動を禁止する法案を採択している。今回の控訴審における判決確定を受け、BiH国家当局がこの判決の執行を強行しようとした場合、RS当局との間で緊張が高まることも予想される。
この事態を受け、セルビアのアレクサンダル・ヴチッチ(Aleksandar Vučić)大統領は2日、国家安全保障会議後の記者会見で、BiH裁判所の決定を「セルビアは受け入れず、断固として非難する」と表明した。セルビア政府プレスリリースによれば、ヴチッチ大統領は、この判決が「非民主的、反文明的、違法」であり、「BiHに住むセルビア人への攻撃」であると強く批判。「デイトン和平合意によって定められたBiHおよびRSの憲法秩序を損ない、地域の安定を脅かすものだ」と述べた。その上で、セルビアはデイトン合意の保証人として、合意の完全な遵守を求め、RSを支援し続けると強調した。
またセルビアのジューロ・マツット(Đuro Macut)首相も同日、「明らかに政治的動機に基づく決定であり、ドディック氏個人だけでなく、スルプスカ共和国の諸機関とセルビア人全体に向けられたものだ」と非難する声明を発表した。マツット首相は、判決は地域の平和と安定への直接的な打撃だとし、セルビアとRSとの結束を呼びかけた。
一方、EU対外行動庁(EEAS)はこの判決を受け、「ドディック氏に対する控訴審判決に留意する。この判決は拘束力を有するものであり、尊重されなければならない。EUは全ての当事者に対し、司法の独立と公平性を認め、その判決を遵守するよう求める」との報道官声明を発表している。
ドディック大統領は長年、スルプスカ共和国の自治権拡大やBiHからの分離も辞さない姿勢を示し、BiHの国家機能を弱体化させる動きを主導してきた。今回の判決は、そうした動きに司法が一定の歯止めをかけた形だが、ドディック氏本人と、同氏を強力に後援するセルビアの強硬な反発により、BiH国内および西バルカン地域全体の政治的対立が一層深刻化することは避けられない情勢となっている。
(アイキャッチ画像出典:Shutterstock)
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