コソボ北部での銃撃事件によってセルビアは再び不利な立場に
- 銃撃事件の概要
- ブチッチ大統領は事前に知らされていたのか
- BIA関与の可能性とロシアの影
- 銃撃事件による得失:ブチッチの場合
- 銃撃事件による得失:クルティの場合
- 最大の被害者は北部のセルビア人
9月24日にコソボ北部のバニスカ村で発生したセルビア人武装集団とコソボ警察特殊部隊との銃撃戦は、EUが主導するセルビア・コソボ間対話の開始以来では最悪の事態であると言える。コソボ北部では昨年夏以降、コソボ当局とセルビア人住民との間での緊張状態が継続しており、今年5月には現地住民とKFORとの衝突によって多数の負傷者が発生する事態が発生していたが、今回は遂に死者が発生するにまで至った。今回の事件の背景や首謀者について、現時点では確定的に証明された情報はなく、様々な可能性が考えられる。ただし、一つ言えるのは、この事件によって、コソボ問題解決に向けたセルビア・コソボ間の交渉におけるセルビアの立場は再び不利なものとなったということである。
銃撃事件の概要
事件の発端は9月24日未明、迷彩服を着用し武装した30人の集団が、セルビアとコソボの境界線から約10kmに位置するバニスカ村の入り口へと通じる橋を封鎖したことであった。コソボ北部のセルビア人住民とみられるこの武装集団は、現地に駆けつけたコソボ警察のアルバニア人警官に対し発砲し、この結果警官1名が死亡し、2名が負傷した。この銃撃事件を受け、コソボ警察は24日日中にバニスカ村において大規模な摘発作戦を実施し、その過程で同村の修道院に立て籠もった武装集団とコソボ警察の間での銃撃戦が発生した。結果的に武装集団のセルビア人のうち3名が射殺され、8名が逮捕された。それ以外はセルビア本国へと逃亡したと見られている。
コソボ警察は、摘発によって自動小銃、対人及び対戦車用地雷、ロケットランチャー、迫撃砲、手榴弾等を含む大量の銃火器に加え、車両24台、ドローン3台、迷彩服115着等を押収したと発表した。この攻撃の首謀者や実行者の詳細は未だ明確に確認はされていないが、これが組織的かつ計画的に実施されたことは明らかである。
コソボ政府は、この攻撃が「セルビア政府によって支援された犯罪者」によるものであると主張し、具体的には、ブチッチ大統領の指示の下でミラン・ラドイチッチ(Milan Radoiičić)が主導したと述べている。ラドイチッチは、セルビア政府の全面的な支援を受けるコソボのセルビア系政党である「セルビア人リスト(Srpska Lista)」の副党首であり、コソボ北部を牛耳る実力者として知られるズボンコ・ベセリノビッチ(Zvonko Veselinović)とともに、組織犯罪への関与を理由に米国財務相の制裁対象者リストに含まれている。
ブチッチ大統領は事前に知らされていたのか?
ブチッチ大統領はコソボ警察に対する武装集団の攻撃を批判はしつつも、一方でこれを「クルティ政権によるテロに耐えかねた末の行為」であり、「唯一この事件に対して責任を負うのはクルティである」と述べ、あくまで主たる責任はコソボ政府側にあると主張している。更には、「クルティを支持する者もまた同罪である」と述べ、欧米をも批判の対象としている。こうしたブチッチの発言が主としてセルビア国内に向けられたものであることは言うまでもない。
24日夜に記者会見を行ったブチッチは、自身はこの攻撃を事前には知らされておらず、銃撃戦が発生した後で初めて事態を認識したことを強く示唆した。この攻撃にセルビアの警察や軍が直接的に関与した可能性は極めて低いが、一方で、何らかの治安関連組織の支援無しにこれだけの規模の攻撃が可能であるとは考え難い。ただし、セルビア軍がKFORとの良好な協力関係を維持している現状からすると、軍情報局(VOA)が関与している可能性は低いと考えられる。以上の考察から真っ先に思い浮かぶのはセルビア治安情報庁(BIA)の関与である。
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