
欧州委員長が西バルカン各国を歴訪:EU加盟への道を照らす
10月14日から16日、欧州委員会のフォン・デア・ライエン(Ursula von der Leyen)委員長は、西バルカン6カ国(アルバニア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、セルビア、コソボ、北マケドニア)を歴訪し、同地域のEU加盟プロセスへの強力な支持を改めて表明した。今回の歴訪は、地政学的な機運が高まる中、改革と経済統合を加速させるための具体的な支援策とともに、各国が抱える課題を浮き彫りにした。
各国での主な発言
アルバニア:加盟交渉の加速を称賛
フォン・デア・ライエン委員長は、ティラナから西バルカン歴訪を開始した。ラマ(Edi Rama)首相との共同記者会見では、「アルバニアはEUへの正しい道を歩んでいる」と述べ、特に過去3〜4年の「驚異的なスピードでの加速」を称賛した。2027年までに全交渉分野を完了するというアルバニアの野心的な目標についても支持を表明した。
また、EUの「西バルカン成長計画」から1億ユーロの拠出と、アルバニアとEU間のローミング料金の撤廃を発表し、市民がEU統合の具体的な恩恵を実感できることを強調した。
訪問中、ティラナでは初となる「EU・西バルカン投資フォーラム」が開催され、地域全体の経済協力と投資機会の強化が図られた 。このフォーラムは、今後毎年開催される予定となっている。
モンテネグロ:EU加盟は「手の届くところにある」
モンテネグロについてフォン・デア・ライエン委員長は、「EU加盟という目標は、本当に手の届くところにある」と述べ、モンテネグロは西バルカンにおけるEU加盟交渉の「フロントランナー」であると評価した 。スパイッチ(Milojko Spajić)首相との会談では、昨年の訪問以降に4つの交渉分野を完了したことを称え、2028年までに28番目の加盟国になるという目標は達成可能だとの見方を示した
経済面では、「成長計画」に基づく追加の800万ユーロの支援を発表し、改革の継続によって総額3億8000万ユーロ以上のアクセスが可能になるとした 。また、来年にはEUとのローミング料金が撤廃されることも発表された 。一方で、憲法裁判所の空席となっている判事の任命を完了させ、法の支配を強化する必要性を強調した。
ティヴァト近郊では、EUとの共催で「スマートな成長、グリーンな未来:モンテネグロへの投資加速」と題した投資会議が開催され、再生可能エネルギーや持続可能な観光など、14の新たなパートナーシップ事業が立ち上げられた 。
ボスニア・ヘルツェゴヴィナ:改革の実行を要請
サライェヴォでは、クリシュト(Borjana Krišto)閣僚評議会議長(首相に相当)と会談し、EUとの最初の政府間会合を開催するためには、司法分野などの改革を実行に移す必要があると強く促した 。特に、加盟交渉を主導する「首席交渉官の任命が最重要」であると指摘した。
同国が「成長計画」のための改革アジェンダを提出したことを歓迎し 、約10億ユーロの資金を得るために必要な協定の最終決定と批准を奨励した 。また、スレブレニツァの虐殺から30年を迎えるにあたり、現地を訪れ犠牲者に追悼の意を表し、「真実を記憶し、維持することが私たちの義務だ」と述べた。
セルビア:「具体的な行動」を求める
ベオグラードでは、ヴチッチ(Aleksandar Vučić)大統領と会談し、「セルビアがEU加盟について具体的な行動を起こす時が来た」と述べた 。法の支配、選挙制度、メディアの自由に関する改革の進展が必要だとし、特に改革の「履行が鍵」となると強調した。
また、対ロシア制裁を含むEUの共通外交・安全保障政策へのさらなる同調を求め、「セルビアを信頼できるパートナーとして頼りにしたい」と語った 。これまでの訪問とは異なり、今回初めて市民社会組織の代表者らとも面会し、EU関連の改革には社会全体の関与が重要であるとのメッセージを送った。
コソヴォ:緊張緩和と制度構築を奨励
プリシュティナでは、オスマニ(Vjosa Osmani)大統領およびクルティ(Albin Kurti)首相代行と個別に会談した。会談後、委員長は「コソボが強力な制度を構築し続けること」、そして「国内の緊張を緩和すること」が重要だと述べた。また、「成長計画」の恩恵を受けるために必要な措置を完了させるべきだと付け加えた 。
北マケドニア:憲法改正が唯一の次なるステップ
歴訪の最終地スコピエでは、ミツコスキ(Христијан Мицкоски)首相らと会談し、EU加盟交渉を開始するための「次の唯一のステップ」は、「ブルガリアとの間で合意された憲法改正を行うこと」であると改めて明確に伝えた。委員長は、「ボールはあなたのコートにある。EUは準備ができている」と述べ、決断を促した 。
明るい話題として、スコピエに「AIファクトリー」の拠点を設置することを発表し、同国が欧州のAIインフラにアクセスできるようになるとした 。また、改革の進展を評価し、1600万ユーロの支援を拠出することも明らかにした 。
西バルカン地域にとっての歴訪の意義と今後のEU加盟交渉見通し
今回のフォン・デア・ライエン委員長の歴訪は、西バルカン地域のEU加盟への道筋が、これまで以上に具体的かつ現実的なものになっていることを示した。特に、改革と引き換えにEUの単一市場へのアクセスや投資を促進する「西バルカン成長計画」は、地域経済を今後10年で倍増させる可能性を秘めており 、統合プロセスの核となっている。
単一ユーロ決済圏(SEPA)への参加やローミング料金の撤廃といった具体的な成果は、加盟を待たずして統合の恩恵を市民や企業にもたらすものであり、プロセスへの信頼感を高める上で重要な役割を果たす 。
今後の見通しは、各国が政治的意志をもって、それぞれの課題にどう取り組むかにかかっている。モンテネグロやアルバニアのように、明確な目標を掲げ改革を加速させる国がある一方で、セルビアやボスニア・ヘルツェゴヴィナ、北マケドニアのように、国内の政治的合意形成や法の支配といった根本的な課題の解決が急務となっている国もある。
一方で、北マケドニアの加盟交渉が歴史認識に絡むブルガリアの反対によってブロックされ続けている状況は、欧州委員長が主張するような民主的統治や法の支配といった「欧州的価値」に基づく改革が、必ずしも加盟交渉の進展を保証するものではないという現実を示しているとも言える。
モンテネグロの加盟が実現すれば、EU拡大政策の信頼性を回復させ、地域全体に改革への意欲を再燃させる成功例となりうる。今回の歴訪は、EUが扉を開いていることを明確に示すとともに、その扉をくぐるための鍵は、西バルカン諸国自身の手の中にあることを改めて強調するものとなった。それと同時に、EU側も、西バルカン側の改革努力に対して、目に見える具体的な成果を持って応えることが重要であるといえる。
(アイキャッチ画像出典:Shutterstock)
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