
アルバニア新内閣が発足-世界初のAI大臣が誕生
9月18日、アルバニア議会は、エディ・ラマ(Edi Rama)首相が率いる新内閣を賛成82票(定数140)で承認した。2025年5月の総選挙で与党・社会党(Partia Socialiste, PS)が勝利したことを受け、4期目となるラマ政権が正式に発足した。
新政権は「2030年までの欧州連合(EU)加盟」という国家目標を掲げ、その実現に向けた革新的な試みとして、世界初となる人工知能(AI)を国務大臣に任命した。しかし、この前例のない人事は野党からの強い反発を招き、議会は混乱に見舞われた。
アルバニア政府プレスリリースによれば、ラマ首相は同日の議会演説で、新政権の指導理念として「欧州のアルバニア」を掲げ、EU加盟という歴史的な目標達成のため、イノベーションとAIを戦略的な原動力と位置づける方針を明確にした。首相は「イノベーションとAIは『2030年のアルバニア』に向けた我々の戦いの牽引役となる」と述べ、統治の近代化、司法改革、汚職撲滅、そして社会経済発展の加速にAIを全面的に活用する姿勢を示した。
世界初となる「AI大臣」の誕生
新内閣の象徴となるのが、AI担当国務大臣に任命された「ディエラ(Diella、アルバニア語で「太陽」の意味)」である。ディエラは実在の人物ではなく、伝統的な衣装をまとった女性のアバターとして視覚化されたバーチャルな存在である。アルバニア政府の説明によれば、ディエラはMicrosoftとの協力によって開発されており、その主な任務は、公共調達プロセスを監督し、汚職や縁故主義、利益相反を根絶することにあるとされている。ディエラはすでに政府のデジタルサービスポータル「e-Albania」において、デジタルアシスタントとして稼働している実績を持つ。
ディエラの活動を支援するため、政府は「アルバニア・イノベーション4(Albanian Innovation 4、略称: AI4)」と名付けられた組織を設立する。この組織は、国内外の優秀な人材を結集し、官僚的な障壁なしに強力な権限を行使して、あらゆる分野でのAI導入を推進していくものとされている。ラマ首相は、このAI4を通じて国家とスタートアップ企業の俊敏性を融合させ、政府が株主となる革新的な企業を創出することを目指すとしている。
議会では、ディエラ自身によるビデオメッセージも上映された。その中でディエラは「私は人間ではないかもしれないが、合憲である」と述べ、自身の正当性を主張した。
ディエラは、もともとは「e-Albania」内で、市民を適切な行政サービスに案内するバーチャルアシスタントとして開発された。当初はテキストベースのチャットボットであったが、後に音声対話機能とアバターを備えた「ディエラ2.0」へと進化し、市民の利便性向上に貢献してきた。この時点では、ディエラの役割はあくまで市民のアクセスを補助する低リスクなツールに過ぎなかった。
しかしラマ首相は2025年9月、このアシスタントを突如「大臣」へと昇格させ、極めて高度で政治的に機微な公共調達の監督という重責を担わせることを発表した。
AIによる政策決定を取り巻く法的・制度的枠組み欠如の懸念
この「アシスタントから大臣へ」という異例の昇格は、多くの専門家や野党から深刻な懸念を招いている。最大の論点となっているのは、AIが大臣職に就くことに対する法的・憲法上の根拠である。野党・民主党(Partia Demokratike, PD)はこれを「ラマ政権の汚職を隠すためのプロパガンダ」であり、違憲であると強く反発した。PD所属議員は、18日の議会ではディエラの「演説」に抗議し、新内閣の承認に関する投票をボイコットした。
技術面や制度面での課題も山積している。アルバニアのデジタル基盤は、2022年に大規模なサイバー攻撃によって数日間にわたり政府サービスが停止したことからも、その脆弱性が指摘されている。専門家は、単なるサイト内の案内役とは異なり、公共調達の入札評価には高度な法的判断と完全な透明性、説明責任が求められるが、現在のアルバニアにそれを担保する技術力や制度、人材が備わっているかは極めて疑問であると指摘する。
さらに、AIが誤った決定を下した場合に誰が責任を負うのかが不明確であり、政府関係者が「AIが決めたこと」として責任を回避する温床になりかねないとの懸念も根強い。また、過去の汚職にまみれた調達データをAIに学習させれば、不正な慣行を再生産・増幅させてしまうという本末転倒な結果を招くリスクも存在する。
ラマ政権によるAI活用の野心的な試みは、アルバニアをデジタルガバナンスの先進国として世界にアピールする好機となる可能性がある。しかしその成功は、AIという技術そのものではなく、AIをあくまで人間の管理下に置くための法整備、透明性と説明責任を確保する制度的枠組み、そして脆弱なデジタル基盤を保護するサイバーセキュリティといった、地道なガバナンス体制の構築にかかっており、この基盤が整わなければ、ディエラは改革の起爆剤ではなく、政治的パフォーマンスに終わる危険性をはらんでいる。
(アイキャッチ画像出典:Agjencia Kombëtare e Shoqërisë së Informacionit)
この記事へのコメントはありません。