
EU案はコソボ問題解決の切り札となるか:焦点はセルビア系自治体共同体の設立
- ベオグラード・プリシュティナ間対話
- 仲介者から裁定者へ:EUの方針転換
- EU案の意味するもの:「事実上の」独立承認
- ブチッチの思惑
- オフリド首脳会談の見通し
2023年2月27日にブリュッセルで行われたセルビアとコソボの首脳会談は、後の歴史書においてコソボ問題の大きな転換点であったと記されることになるかもしれない。EUのボレル(Josep Borell)外交・安全保障上級代表は、会談後の記者会見において「両首脳は、コソボ・セルビア間の関係正常化に関するEUの提案について、提案自体についてこれ以上の議論は不要であることに合意した」と述べた。その翌日にEUが公開した「EU案(元々はフランスとドイツの共同案であったことから現地報道などでは「仏独案」とも呼ばれているが、EUが閣僚理事会でこの案を正式に承認したことからここではEU案と記す)」の内容は、セルビアによる事実上のコソボ独立承認を意味するものであった。
仮にこのEU案が正式に成立するのであれば、コソボ紛争勃発以来、四半世紀にわたって西バルカン地域の不安定化要因であり続けてきたコソボ問題は、その解決に向かって大きく前進する可能性が現実的なものとなる。しかしボレル上級代表が述べているように、2月27日時点ではこの案はまだ署名されておらず、その命運はEU案の履行に関する付属書の内容を巡る交渉と、3月18日に北マケドニアのオフリドで開催される次回のセルビア・コソボ首脳会談に委ねられている。その結果次第では、コソボ問題は再び暗礁に乗り上げる可能性もある。
ベオグラード・プリシュティナ間対話
2008年にコソボがセルビアからの独立を一方的に宣言して以来、コソボ独立を決して認めないセルビアと、欧米主要国(そして日本)からの独立承認を得て国家建設を推し進めるコソボとの間では、独立宣言後もコソボに居住するセルビア人住民やセルビア正教会施設の扱いなどを巡って緊張関係が絶えず、セルビア人が人口の大部分を占めるコソボ北部では、しばしばセルビア人住民とコソボ当局との衝突が発生してきた。西バルカンに残された最大の不安定化要因の一つであるコソボ問題を収拾するため、EUはセルビア・コソボ間の「関係正常化」を目指した交渉の仲介役を務めてきた。「ベオグラード・プリシュティナ間対話」と称されるこのプロセスを通じて、2013年には「関係正常化を規定する原則に関する第一合意(通称「ブリュッセル合意」)」が成立し、更に2015年にはエネルギー問題や後述するセルビア系自治体連合などの重要4分野に関する個別合意が結ばれた。
しかしながら、ここでいう「関係正常化」が具体的に何を意味するのかは常に曖昧なままとされてきた。セルビア側は「関係正常化はコソボの地位問題を含まない(=コソボ独立承認は含まれない)」とする一方、コソボ側は「関係正常化は当然にセルビアによるコソボ独立承認を意味する」と主張してきた。このように当事者の認識が完全に食い違っていることから、「関係正常化」の解釈についてEUに回答を求める声は、当事者であるセルビアとコソボだけではなく第三国からも数多く挙がった。それに対してEU側は、「関係正常化の内容は当事者であるセルビアとコソボが決めること」「EUはベオグラード・プリシュティナ間対話の仲介者であって裁定者ではない」と繰り返し、明確な答えを示さずにいた。EUがこのような曖昧な態度に終始した背景には、EU加盟国の中でもスペイン、ギリシャ、ルーマニア、スロバキア、キプロスの5カ国がコソボ独立を承認せずにいたため、EU全体としてコソボ独立をどう扱うかについて一致した立場をとれない(EU共通外交政策の決定には全加盟国の一致が必要であるため)という事情があった。しかし、ある意味でこのコソボの地位に関する「どっちつかず」の中途半端な立場ゆえに、EUは仲介役を務めることができたとも言える。もちろん、EUが仲介役となった最大の要因は、セルビアとコソボの両者が将来のEU加盟を最重要目標と位置づけていることからEUが両者に対して強い影響力を発揮できると期待されていたことであるが、それに加え、EUがコソボの地位について明確な立場を示さなかったがゆえに、セルビアとコソボの双方から仲介役として受け入れられた側面もあった。対話枠組みの正式名称が「セルビア・コソボ間対話」ではなく、敢えて「ベオグラード・プリシュティナ間対話」とされたのも、コソボを国家としてセルビアと完全に対等には扱えないというEUの立場を反映していた。
仲介者から裁定者へ:EUの方針転換
最終的な目的地が定まらないまま開始されたセルビアとコソボの対話であったが、紆余曲折を経ながらも、ブリュッセル合意や2015年の一連の合意など一定の成果を積み重ねてきた。しかし、2015年にコソボのユネスコ加盟がセルビア側の反対キャンペーンもあって失敗に終わると、コソボ側は態度を硬化させ、対話は暗礁に乗り上げてしまった。更に、2021年のコソボ議会選挙で強硬な民族主義的主張で知られるクルティ(Albin Kurti)が率いる「自己決定運動(Vetëvendosje、以下LVVと表記)」が圧勝すると、首相となったクルティは、ブリュッセル合意を含む過去の対話の成果文書について、それを遵守するか否かも含めて全面的に見直すと表明した。その言葉どおり、クルティ政権は2022年に入ると、それまでは認められてきたセルビア当局が発行したIDカードとナンバープレートのコソボ領内での使用を禁止するという方針を表明した。これに猛反発したセルビア人住民は自治体、中央政府、司法機関などあらゆるコソボの公的機関をボイコットし、コソボ北部からセルビア本国へつながる道路を封鎖するなどしたため、コソボ北部の情勢は急速に悪化していった。折しもロシアのウクライナ侵攻によって国際情勢が激変する中で、バルカン地域の不安定化を懸念するEUとアメリカは協調してコソボ情勢に介入し、IDカードとナンバープレートの問題はひとまず沈静化した。しかし、これは当面の時間稼ぎに過ぎず、コソボの地位を巡る根本的な問題が解決されない限り同様の情勢悪化がその後も繰り返されるであろうことは明白であった。
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