モンテネグロ大統領選挙の展望:過去最大の正念場を迎えるジュカノビッチ
- 立候補を巡るジュカノビッチの逡巡
- 本命候補スパイッチの強制退場
- 台風の目となるマンディッチ
- 政治危機の中の大統領選挙
- 選挙結果の見通し:誰が決選投票に進むかがカギ
3月19日に投票が行われるモンテネグロ大統領選挙は、これまでの同国の大統領選挙の中でも、その結果を予想することが最も難しい選挙の一つとなっている。各種世論調査の結果からは、第一回投票でいずれかの候補者が過半数の票を獲得することは難しく、決選投票に持ち込まれる可能性が高いと見られている。過去20年以上にわたりモンテネグロ政界最大の実力者として君臨し続けてきた現大統領のジュカノビッチは極めて厳しい戦いを強いられている。一方で、ジュカノビッチ打倒の本命と見られていた候補者が直前になって立候補資格を取り消されたことで、過去に例が無い程の混戦模様となっており、最終的に誰が大統領になるかを予想するのはかなり困難な情勢にある。
今回の大統領選挙には、ジュカノビッチ以外に6名の候補者が立候補している。このうち4名は、2020年の議会選挙でジュカノビッチが率いる社会主義者民主党(DPS)中心の勢力と戦い、約30年ぶりにDPSを与党の座から引きずり下ろした当時の野党連合側の人間である。一方で、DPSの連立パートナーとしてジュカノビッチの権力維持に協力してきた社会民主党(SDP)は、統一候補としてジュカノビッチを支持することを拒み、独自候補を擁立した。この結果、ジュカノビッチは自身の勢力の内と外からの挑戦を同時に受ける形となっている。
氏名 | 所属政党 | 肩書き |
ミロ・ジュカノビッチ Milo Đukanović | 社会主義者民主党(DPS) | 現職大統領、DPS党首 |
ヤコブ・ミラトビッチ Jakov Milatović | 「今こそ欧州へ!」(ES) | 前経済相、ES副党首、ポドゴリツァ市長候補 |
アンドリヤ・マンディッチ Andrija Mandić | 民主戦線(DF) | 議会議員、DF党首 |
ヨバン・ラドゥロビッチ Jovan Radulović | 無所属 | インフルエンサー |
ゴラン・ダニロビッチ Goran Danilović | 統一モンテネグロ(UCG) | 元内相、元議会議員、UCG党首 |
アレクサ・ベチッチ Aleksa Bečić | 民主的モンテネグロ(DCG) | 議会議員、前議会議長、DCG党首 |
ドラギニャ・ブクサノビッチ Draginja Vuksanović | 社会民主党(SDP) | 議会議員、元SDP党首 |
立候補を巡るジュカノビッチの逡巡
ジュカノビッチの立候補届出は、立候補締め切りの2日前になってやっと提出された。過去にDPSが大統領候補の選出にここまで時間を掛けたことはなく、このこと自体が、今回の選挙がジュカノビッチにとっていかに厳しいものであるかという点の一端を示している。ジュカノビッチの立候補が正式に表明される直前まで、DPSがジュカノビッチ以外の候補者を擁立する可能性が常に噂されていた。その理由の一つはモンテネグロ憲法が大統領の3選禁止を規定していることであった。しかしこの点は、ジュカノビッチの最初の大統領任期がモンテネグロ独立以前の1998年から2003年であり、独立前の任期は3選禁止規定の対象外であるという憲法裁判所の判決があることから、法的にはクリアになっていた。
ジュカノビッチが立候補を最後まで迷っていた最大の理由は、自身が出馬したうえで選挙に負けるようなことがあれば、DPSとジュカノビッチの政界における権威失墜は決定的なものとなってしまうためである。それは即ち、ジュカノビッチ自身もこの選挙が厳しい戦いになると認識していることを示している。
1997年の大統領選挙に勝利して以来、ジュカノビッチは大統領と首相のポストを巧みに渡り歩きながら、圧倒的な実力者としてモンテネグロの政治を牽引し続けてきた。この間には、国民投票を経てのモンテネグロの独立回復、EU加盟交渉の開始、そして北大西洋条約機構(NATO)加盟と、国家としてのモンテネグロの方向性を決定付けるいくつもの重要曲面があり、その度にジュカノビッチは独立間もない小国を導いてきた。
一方で、ジュカノビッチの政治キャリアには汚職とスキャンダルがつきまとってきた。中でも、タバコの密輸と海外不動産の不正取得の疑いは常に批判され続けてきており、それはいわばジュカノビッチの代名詞のようですらあった。それでも欧米諸国は、ミロシェビッチと手を切り、ロシアの猛反発にも怯まずNATO加盟へ舵を切ったジュカノビッチを、「強力なリーダーシップを発揮する親欧米派の政治指導者」として高く評価し、数々の疑惑には目を瞑ってきた。2010年代の欧米、特にEUの対西バルカン政策は、民主主義、人権、法の支配といった「EU共通の価値」の重視という建前とは裏腹に、武力紛争を経験したこの地域の安定化、即ち紛争再発防止が最優先目標になっており、そのため、民族間の和解や善隣関係に積極的な政治指導者であれば、たとえその統治手法が非民主的・権威主義的であっても許容する状態であった、としばしば指摘される。「安定優先主義(stabilitocracy)」と呼ばれる欧米諸国のこのような態度はモンテネグロにも当てはまり、特に、セルビア人を中心に反対が多い国内世論を押し切る形でNATO加盟へとモンテネグロが外交政策を大きく転換してからは、西バルカンにおけるロシアの影響力拡大を懸念するアメリカの立場もあり、欧米にとってのジュカノビッチの重要性は高まっていた。その結果、DPSとジュカノビッチは利益誘導と縁故主義に依存する自らの政治手法を改革する機会を逸し、国民からの支持を失っていった。2015年にはDPS一強体制と汚職に対する市民の不満が爆発し、国内各地で大規模な抗議行動が繰り広げられ負傷者が発生する事態に陥っていた。
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